会員登録

就職ノウハウ

法科大学院修了生の就職を阻む「法務経験」の本質

Q.【ブログ記事】法務未経験であることは、実務上どのような場面で影響しますか?

A.

就職活動中、“実務経験”がないことを理由に落選となるのは、今も昔も法科大学院修了生の宿命です。とりわけ、法務職の選考においては、その傾向が強いと言えます。

本記事では、「企業が法務経験を重視する理由」や「法務経験の有無が具体的に作用する実務上の場面」を考察して行きます。

 

 

企業が法務経験を重視する理由

既に就職活動を始められている方の中には、法務経験がないことが理由で求人に応募できなかったり、選考で落選になっている方が多数おられると思います。そもそも、企業は、なにゆえ、それほどまでに“法務経験”を重視するのでしょうか。

それは、中途採用枠(法務求人の大多数は中途採用枠での募集です)においては、選考を行う上で、「何が出来るか?」が何よりも重視されるためです。そして、多くの企業にとって、「何が出来るか?」は「何の実務経験があるか?」と、ほぼ同義となっています。

しかし、実際のところ、実務経験があることは、仕事が遂行できることを全く担保していません。前職での実務遂行時に適切なアウトプットを出していたことの確認がとれない限り、「経験があります」というのは、ただの自己申告に過ぎないためです

法務においては、平準的な手法が確立されておらず、各社・各人、仕事の進め方はバラバラです。つまり、「法務が出来る」という言葉の定義が、各社・各人により異なる状況が生まれています。そのため、経歴が立派な法務経験者を採用したものの、いざ仕事を任せてみたら、自社が求めるレベルに達しておらず、その後の処し方に困るというケースも少なからず発生していますし、逆に、実務経験はなくても、弊社での研修を通じて必要なスキルセット(スキル・ノウハウ・ナレッジ等)を身に着けた法科大学院修了生が派遣先で早々に大車輪の活躍を見せて、すぐに正社員登用されるケースもあります。

 

それにも関わらず、企業がこれほどまでに「法務経験」の多寡を重視しているのは、結局のところ、企業において、法務業務の遂行に必要なスキルセットが明確に定義されていないことが一番の理由だと言えます。

そのため、「“地頭の良さ”+“一定の法務経験年数”を備えている=仕事ができる」というアバウトな前提のもと、応募書類に記載された経歴(学歴や在籍企業のブランド力)と面接のやり取りで“地頭の良さ”を推し量りつつ、経験年数を元に、業務遂行の可否を判断するという選考手法に頼らざるを得ないところがあるのだと思います。

最近でこそ、こうした一般的な選考手法に加えて、実務テスト(契約書を見ながらのディスカッション、模擬法律相談への回答等)を課す企業が一部出て来ましたが、試験作成&採点の手間があるためか、まだまだ少数派です…。

 

 

法務実務に必要なスキルセットと法科大学院修了生の保有状況

弊社では、かつて、複数名の法務担当者のご協力を得ながら、契約法務や法律相談・コンプライアンス対応・総会対応といった代表的な法務業務を工程ごとに細分化し、各工程に必要なスキルセットをマップ化したことがあります。

例えば、契約書審査では、①自社の雛形を読んで、その法的効果を理解する工程、②取引先から出て来た契約書を読んで、その法的効果を理解する工程、③自社の雛形と取引先から出て来た契約書との違いを認識する工程、④当該“違い”への対応(修正 or 飲む or 折衷案の提案)を判断する工程などがあり、各工程では、●●のスキル・●●のノウハウ・●●のナレッジが必要となるといったマップです。

その上で、出来上がったマップから法務業務一般に必要な代表的なスキル・ノウハウ・ナレッジを抽出し、その保有の有無を複数名の[法務未経験の法科大学院修了生]と[司法試験受験経験のない法務経験者]においてテストしたところ、次のような傾向が現れました。

 

 

■ノウハウ(業務手順の知識)

・大多数の法科大学院修了生は法務業務一般に必要なノウハウをほとんど何も保有していない

・大多数の法務経験者は法務業務一般に必要なノウハウを保有している

【考察】

経験のない業務について、業務手順を知らないのは当然なので、予想どおりではありました。

 

■ナレッジ(法律専門知識)

・大多数の法科大学院修了生は法務業務一般に必要なナレッジの一部を保有しているが、大部分は保有していない

・大多数の法務経験者は法務業務一般に必要なナレッジの大部分を保有している

【考察】

司法試験の受験科目・法科大学院のカリキュラムの影響が顕著でした。すなわち、法科大学院修了生は、民事法の法律知識は備えている一方で、独禁法・下請法・景表法・不正競争防止法・消費者法等のいわゆる業法の法律知識はほとんど何も保有していないという結果が出ました。これも予想どおりではあります。

 

■スキル(教養や訓練を通して獲得した能力)

・大多数の法科大学院修了生は法務業務一般に必要なスキルの相当部分を保有している

・大多数の法務経験者は法務業務一般に必要なスキルの一部のみを保有している

【考察】

詳細は後述します。

 

 

なかなか、興味深い結果だと思います。ざっとまとめると、「一般的に、法科大学院修了生は法務経験者に対して、ノウハウ・ナレッジ(専門知識)面では分が悪く、ベースとなるスキル面では法務経験者を凌駕することが多い」ということになります。

どちらかと言うと、ご自身の法律知識面に自信のある法科大学院修了生が多い印象ですが、法務実務との関係では、実際は知識面よりもスキル面の方が武器になって来るということだと思います。

 

 

法科大学院修了生が保有するスキル

上述のテストにおいて、スキル面では、主に、(1) 法的問題を理解するスキル(①条文を読んでその意味するところを正確に理解する力、②大量の条文の中から相談内容に関連する条文を迅速かつ正確に特定する力)、(2) 法的概念を専門用語を用いずに説明するスキル、(3) 法的リスクを評価するスキルを計測しました。その結果、以下のような傾向が表れました。

 

 

(1) 法的問題を理解するスキル

①条文を読んでその意味するところを正確に理解する力

・テストを受検した全ての法科大学院修了生がこのスキルを保有していました

・大多数の法務経験者はこのスキルを保有していましたが、一部、保有していない法務経験者もいました

②大量の条文の中から相談内容に関連する条文を迅速かつ正確に特定する力

・半数ほどの法科大学院修了生がこのスキルを保有していました

・ごく一部の法務経験者のみがこのスキルを保有していました

 

(2) 法的概念を専門用語を用いずに説明するスキル

①簡単な法的概念をわかりやすく説明する力

・大多数の法科大学院修了生がこのスキルを保有していました

・大多数の法務経験者がこのスキルを保有していました

②難解な法的概念をわかりやすく説明する力

・ごく一部の法科大学院修了生のみがこのスキルを保有していました

・ごく一部の法務経験者のみがこのスキルを保有していました

 

(3) 法的リスクを評価する(法的概念を具体的なビジネスシーンと結びつけてリスク評価する)スキル

・ごく一部の法科大学院修了生のみがこのスキルを保有していました

・ごく一部の法務経験者のみがこのスキルを保有していました

 

 

まとめると、(1) 法的問題を理解するスキルは総じて法科大学院修了生の方が高く、(2) 法的概念を説明する力や(3) 法的リスクを評価する力については、優劣は見られず、法科大学院修了生・法務経験者共に、人次第ということになります。

 

 

法科大学院修了生が実務に出たらどうなるか

テストの結果を踏まえると、平均的な法科大学院修了生が未経験の状態で法務実務を任されたときに、「何が出来て、何でつまづくのか」が見えて来ます。

 

■未経験の法科大学院修了生が苦手なこと

①ノウハウを保有していないため、一つ一つの業務が手探りとなり、業務スピードが遅くなる。さらに、ビジネスマナー等に照らし、非常識な対応をするおそれがある。

②業法に関する法律知識を有していないため、業法に違反する取引を前にしてもアンテナが働かない可能性がある。

③法律相談等で難しい法的概念を現場担当者に説明する場面で、「専門用語を並べ立てて、何を言っているかわからない人」という心証になり、円滑なコミュニケーションが図れない可能性がある。

④法的リスクの評価を伴う判断業務に苦戦し、ビジネス的に的外れな判断を下す可能性が高い。

 

■法科大学院修了生が未経験でも対応できること

①法的リスクの評価を必要としない契約書審査(社内審査ルールや前例の踏襲により対応可能な定型的な契約書審査)

②何法の問題かが明確な法律相談に対するリサーチ業務

③比較的簡単な法的概念を説明するレポート業務

 

こうして見て来ますと、未経験の法科大学院修了生でも相応に戦力になる印象です。また、テスト結果を見る限り、法科大学院修了生が苦手な分野は、法科大学院修了生に限らず、法務経験者においても同様に苦手としている部分が多いため、ノウハウや業法の法律知識面の差さえ埋まれば、早期に法務経験者のパフォーマンスを上回ることも十分現実的だと思います(ノウハウやナレッジはスキルと比較して後からの習得が容易です)。

実際、入社後数ヶ月ほどで、一気に評価を高めている法科大学院修了生の事例も相当数報告されておりますので、テスト結果はこうした実例を裏付けるものだと感じています。

 

 

法科大学院修了生が入社前後で身に着けるべきスキルセット

上述のテストを踏まえ、法科大学院修了生は入社前後でどのようなスキルセットを身に着けたらよいでしょうか。独学可能なものを挙げると以下になります。

 

・いわゆる業法に関する法律知識(主に条文知識)の学習

・ホウレンソウ(報告・連絡・相談)やビジネスメールの作成等、ビジネスパーソンとしての基礎的なノウハウの学習

・契約書審査、法律相談、コンプライアンス対応、総会対応といった代表的な法務業務の業務手順の学習

・身近な人を相手に難しい法的概念を説明する練習

 

これらの準備は入社後の業務に生きて来るのはもちろんのこと、“意欲面の強さ”として、選考時にもポジティブに受け止められると思います。経験がないことを単に嘆くのではなく、今、自分自身に何が足りないかを具体的に見据え、出来ることを精いっぱい頑張って行きましょう!

 

 

この記事を読まれた方は、ぜひ下記の記事も読んでみてください。

『法務部で働きたい法科大学院修了生がアピールすべき強みとは?』

『アフターコロナと法科大学院修了生の法務キャリア』

 

 

 

【筆者プロフィール】
齊藤 源久

法科大学院修了後、大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。

2014年より、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。前職での採用責任者の経験・長年の法務経験・司法試験受験経験などを生かし、法科大学院修了生の就職エージェント業務、企業の法務部に派遣する法科大学院修了生向けの法務実務研修の開発・実施などを担当している。

 

 

ページトップへ