仕事柄、企業に入社した法科大学院修了生の入社後の社内評価を耳にする機会が少なからずあります。そして、様々な企業の人事の方のお話を伺っていると、“意思決定する力”の有無が、就職後の活躍の大きなファクターになっていると感じています。
すなわち、就職活動段階で“意思決定する力”が強いと感じていた法科大学院修了生は活躍し、“意思決定する力”が弱いと感じていた法科大学院修了生は伸び悩む傾向にあるということです。今回は、この“意思決定する力”に焦点を当てて考察して行きます。
就職活動では意思決定の場面が多い
普段、皆様の就職支援をしていると、法科大学院修了生の様々な意思決定の場面に携わります。それは、就職するか司法試験を継続するかの決定であったり、就職活動の指針の決定であったり、求人への応募の有無、どの日程を面接候補日として提示するか、内定受諾の有無、いつを入社日として提示するかであったりします。
就職活動中の法科大学院修了生は、そのような場面場面で、ときに周囲に相談しながら、最後は自ら決断を下し、決断した内容を相手に伝達し、一歩ずつ就職活動を前に進めて行きます。
実際、就職活動に限らず、仕事、ひいてはあらゆる社会活動は、複数人によるこうした小さな意思決定の積み重ねで回っています。
そんな中で痛感するのは、結局、“意思決定する力が弱い人”が周囲に一番迷惑をかけ、“意思決定する力が強い人”が評価を上げて行くというシビアな現実です。
“意思決定する力が弱い人”の特徴と弊害
では、具体的に、意思決定する力が弱いとどのような弊害があるのでしょうか。一つには、「判断が遅くなる」という点が挙げられます。例えば、就職活動の場面で判断が遅れると以下のような弊害が生じます。
・就職するか司法試験を継続するかをいつまでも決められず、就職活動の動き出しが遅れる
・どんな企業に応募するかの指針が定まらず、思い悩み、一向に応募ができない
・どんな企業でどんな働き方をしたいかが定まらず、企業側から「キャリアの軸」がない人材とネガティブな評価を受ける
・関係各所(アルバイト先や他の企業etc.)とどのような優先順位で調整を行うかが定まらず面接候補日を一向に提示できず、志望度の低い応募者とみなされる
・常識の範囲を超えて内定受諾の有無を長期間思い悩み、「入社を渋っていた人材」という、ややネガティブな評価を人事から受ける
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慎重にじっくり考えたいという気持ちは誰しもにあって、それ自体は悪いことでは決してないのですが、度を過ぎて慎重に考えすぎてしまうと、行動が遅れてチャンスを逃したり、判断力を疑われて周囲からネガティブな評価を受けたりしてしまいます。
社会は、複数名の協働で仕事が回っていますので、一人の判断が遅れることでプロジェクト自体が滞ってしまいます。それだけに、「判断が遅い」というのは、ビジネスパーソンとして致命的な欠点となりかねません。
また、意思決定する力が弱い人のもう一つの特徴として、「判断が二転三転する」という点が挙げられます。意思決定する力が弱いと、自分自身が行った決定に対する尊重があまりなく、その分、前言撤回に対するハードルも低くなってしまうのだと思います。
しかし、複数名による協働の場面では、個々の判断を信頼し、それを前提に周囲も動き出すため、判断を二転三転させることは、周囲の人間への仕事のやり直しを強いることに繋がります。そのため、安易に判断を二転三転させることは、ビジネスパーソンとしての信頼の大幅な低下に繋がりかねません。
「“意思決定する力が弱い人”が周囲に一番迷惑をかける」とされる理由はこの辺にあるのだと思います。
意思決定する力が強い人の特徴
では、意思決定する力の強弱は、何に左右されるのでしょうか。意思決定する力の強い人を観察していると、
「①判断を下すための思考回路(判断規範)を短時間に作れ、②選択肢を捨てることができる」
という共通の特徴が見られます。
すなわち、意思決定する力の強い人達は、問題の利益衡量の構造(どういった利益間の衝突・調整の場面なのか)を瞬時に捉え、それに対する自分の価値観(各利益間をどのようにバランスを取るべきかの自分なりの規範)を構築した上で、判断のために不足している情報を特定し、情報が得られた後は、悩んでいた別の選択肢をスパッと捨て去って判断を下すという工程を辿っているということです。
やっていることは、【規範→当てはめ】を軸とする司法試験での思考と何も変わりませんが、お題が、自分自身にダイレクトに降りかかって来る自分事である点、自分の価値観(心の声)を元に規範を構築しなければならない点で大きく異なります。
その意味で、「自分の心の声を上手に拾え、選ばない方の選択肢を捨てる覚悟を作れる人」こそが、意思決定する力の強い人と言い換えることができるかもしれません。
逆に言うと、自分の心の声ではなく、外部的評価や世間の声・イメージを元に判断を行う人、何かを捨てるのが苦手な人は、意思決定する力が弱いということも言えると思います。
そのため、意思決定する力を高める上で、日常から、世間の声を一旦脇に置いて「自分自身はどうしたいか、どうありたいか」を問う癖をつけるのは有効だと思います。また、意思決定する力が弱い人は、こだわりが強い人が多いと言われていますので、自分自身と向き合って、手放してもいいこだわりを少しずつ手放して行くことで、何かを捨てることに慣れていくのもよいと思います。
終わりに
内定獲得の前後になると、企業側から、企業選びの条件、現時点での懸念点、他社との相対評価等をヒアリングされることが頻繁にあります。こうしたヒアリングは、基本的には、自社への入社確率を見積もるために行われるものですが、同時に、応募者の「判断規範(企業選びにおいて何と何と何を重視していて、どういう条件が揃ったら入社を決めるのか)」を確認するという側面もあります。
やり取りの中で、「明確な判断規範を構築できている人材なのか」、「判断規範が二転三転する人材ではないか」という点が見えて来て、そうした評価が入社後の人事評価を左右するところも少なからずあると思います。
多くの法科大学院修了生が志望する「企業法務」の仕事も決定の連続です。相手から出て来た契約書の修正案を飲むべきか突っぱねるべきか、法的にクリアにホワイトとは言えないゾーンをどこまで攻めるべきか、そのような、他の人が決断できないことを決断できるところに価値のある仕事だということもできます。
その意味で、法科大学院修了生にとって、意思決定する力を高めることのメリットは大きいと言えます。
ぜひ、本記事をご参考に、意思決定する力を高める取り組みを行ってみてください。
【筆者プロフィール】
齊藤 源久
法科大学院修了後、大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。
2014年より、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。前職での採用責任者の経験・長年の法務経験・司法試験受験経験などを生かし、法科大学院修了生の就職エージェント業務、企業の法務部に派遣する法科大学院修了生向けの法務実務研修の開発・実施などを担当している。
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