市場価値の高い法務担当者になるためには
Aさんは大学卒業後、事業会社、法律事務所等を経て、インターネット広告会社の法務担当者に転職されました。法人営業から法務キャリアに転身されたAさんに法務担当者として市場価値に高い人材になる方法や上司から評価される法務スタッフについてお話を聞きました。これから法務キャリアを歩まれる方にとって、とても参考になるインタビューとなりましたので、今後の就職活動に是非ご参考ください。
インタビュアー:吉田昌矢(株式会社More-Selections取締役)
吉田
お久しぶりですね。早速ですが今回、なぜ転職をしようと思われたのですか
Aさん
3年間勤務した会社の業績が、一向に良くならないこと、一方で、会社の経営危機を乗り越えた際、法務として多くの経験(4回の増資、2回の臨時株主総会、株式交換、CB発行、子会社設立、M&A等)をしたことにより、自分の市場価値も上がっているのでは?と思い、現在成長している業界、企業にて、新たなスタートを切りたいと思い、転職活動に入りました。
吉田
今回の転職活動を通して、ご自身の市場価値についてどのように思われましたか
Aさん
3年前の転職活動時に比べ、大変価値が上がったと感じました。なぜなら、今年の1月の頭に転職活動を始めて、2月末には内定をいただくことができたからです。しかも、年収も、前職より140万円も上がりました。
私の転職市場での価値が上がった理由は、以下のとおりと考えます。
①上場企業の法務経験者自体の絶対数が少なく、かつ、上場企業の株主総会を仕切れる人材は、重宝されます。私は、前職での3年間の法務経験のなかで、臨時を含めて5回の総会を経験し、かつスケジュールから招集通知作成、シナリオ、議事録、登記までの全てを経験しております。
②転職市場では、法務の経験は2年半以上あった方が望ましいと聞いています。私は、幸いにも3年間法務業務を行うことができましたし、前述のとおり、経営危機の会社を救うために、3年間では通常ありえない量の業務をこなすことができました。これは、特に管理系ゼネラリストを必要とする、新興の上場会社に転職するには、必要な経験です。
③組織である会社では、単なる事務員よりも、よりスコープを広げて業務を行う必要がある、マネジャー経験者の方が価値は上がります。私は3年目から法務部のマネジャーとして、部下のマネジメントも行ってきました。
吉田
では、法務担当として市場価値の高い人材になるために必要な事は何だと思いますか
Aさん
①法務に限らず、横断的な管理系の知識を持つこと
例えば契約書事務ひとつ取っても、妥当な権利義務の関係を契約書に落とし込めばそれで仕事が完結したわけではありません。契約のスキームが、会計的に妥当で、売り上げを上げることができるものか、とか、この契約を締結することの業績に与えるインパクトによっては、適時開示をする必要があるのではないか、とか、トータルで妥当な契約にすることによって、はじめて仕事が完結したと言えます。その為には、法律知識はもとより、会計、財務、税務、IRに関する知識を幅広く持っている人間が、より価値が高まると考えます。
②1つの決定事実、発生事実に対して、多面的に捉え、問題点を指摘することができる。
例えばAと●の取引をする為の契約の相談を受けたとき、
a.取引の実態はあって、会計的にも売上げをあげることができる取引か
b.定款の会社の目的に照らして、会社として取引を行うことができる取引か
c.建設業、電気通信事業、宅建業、有料人材紹介業等の業法上の規制は無いか、相手方は業法上の免許を持っているか
d.相手方の役員構成上、利益相反取引のおそれは無いか
e.取締役会規程に照らして、取締役会の決議事項に該当しないか
d.適時開示をする必要はあるか
f.取引先が法人でなく個人である場合は、税務上の処理はどのようにすればいいか
g.取引の内容が、借入、貸付である場合は、利率、返済期間、返済方法、資金使途は妥当か
h.取引が株式の売買である場合は、その株価は妥当か、第三者機関の価格算定書はあるか、DD資料はあるか、減損の可能性は無いか
i.その契約は、有価証券報告書の「経営上重要な契約」または「重要な後発事象」に記載すべき契約か
j.ワラント、ストックオプションの付与や、会社分割、合併等組織再編に関する契約であれば、その契約は税制適格要件を満たしているか
等、事象を多面的に捉え、問題点を指摘する能力が必要です。
吉田
前職では部下がいらっしゃったとのことですが、法務部において評価の高い部下(法務スタッフ)はどのような方でしょうか。
Aさん
①上司から任された仕事を、上司が望む品質、納期でアウトプットすることができること。その為には、上司に対して的確な報告、連絡、相談、コミュニケーションを図ることができること
②上司から資料の提出を求められたとき、迅速、的確に対応できること。その為には、会社の情報、資料がどこにあって、または誰に聞けば出てきて、どのタイミングで更新する必要があるか、把握すること
③上司から聞かれたことについて、正確、的確に答えることができること。その為には、独りよがりの考え、付け焼刃の知識からではなく、常に専門書で確認したり、弁護士、会計士、信託銀行、証券会社等の専門家に確認してから答える癖をつけること
④難しい案件にも、臆せず、粘り強く対応すること。その為には、難しい案件の処理の指示を受けた際にも、「調べます」「専門家に確認します」と答え、決して最初から「無理です」「できません」とは答えないこと
吉田
法務の仕事をしていて、やりがいとは何でしょうか。
Aさん
会社を守る、救うことができることです。例えば、会社の経営が傾き、営業キャッシュフローがマイナスになってくると、経営者は、ファイナンス、ワラント等の直接金融、借入れ等の間接金融、M&A、合併、分割等の組織再編等、会社を存続させるためにさまざまなコーポレートアクションを検討し始めます。法務は、それぞれのアクションを起こすメリット、リスクを検討し、また、法的、実務的に瑕疵のないスキームを組み、経営者が望むコーポレートアクションを実現させることができる職種です。法務は、会社を守る、最後の砦なのです。また、法務業務に精通すればするほど、世の中、会社、会社経営の仕組みが理解でき、良きオブザーバーとして経営者に重用されることも、やりがいのひとつです。
吉田
最後にこれから法務キャリアを歩もうとしている就職活動中の方に一言いただけますか
Aさん
法務の間口は狭いですが、その先には幅広く活躍できるフィールドが待っています。私は、法務未経験者で前職に就職でき、そのおかげで、自分の市場価値を大きく上げることができました。皆さんも、数少ないチャンスを確実にものにできるよう、法務への転職を粘り強く行って下さい。また、転職活動の際には、自ずから、目標と、納期を明確に定めると良いと思います。 仕事には、必ず納期があります。特に法務業務には、法定期限があるので、他の職種より厳格な納期管理能力が必要になります。今後の皆さんのキャリア形成の為にも、いつまでに法務として内定をもらうことを目標として、その為にはいつまでに何社を紹介してもらい、いつまでに何社に書類を送り、何社から面接の誘いをもらうようにしたい。その為にはいつまでにどの程度の品質の書類を作成し、面接のシミュレーションもいつまでに何回行う、といったロードマップを作ることは、有効なことだと考えます。 また、法務を目指すなら、上場企業の法務を目指すべきと考えます。なぜなら、上場企業と非上場では、法務が活躍できるフィールドも、得ることができるスキルも、大きく異なります。上場企業の法務を経験したほうが、法務として価値のある経験を数多く積むことができると考えるからです。
インタビューを終えて
Aさんと初めてお会いしたのは、当社の渋谷事務所の面談ルームでした。これから法務キャリアを確固たるものにしたいという強い気持ちが前面に出ており、非常に頼もしい方でした。それから3年間、法務担当者として経験を積まれたAさんに今回、「どのような法務担当者が市場価値を持つのか」というストレートなテーマでお話をさせていただきました。景気に左右されやすい管理部門であるが故に、自分の市場価値を高めることはとても重要であると、Aさんとの面談を通して、再認識させていただきました。