法科大学院修了生の就職難易度と就職対策
Q.自分は就職できないのではないかと不安で仕方がありません。
A. まず、人手不足の業界も多い現在の日本において、厳密な意味で「就職ができない」ということはありません。そのため、仕事を選ばなければ必ず就職は出来るとお考えいただいてよいかと思います。そのため、皆さんが抱くべき不安は、「就職が出来るか」という不安よりは、「自分自身が納得する仕事に就けるか」という不安になると思います。 ここ3年ほど、法務の転職市場では、人材側の圧倒的な売手市場化が認められます。グローバル取引の増加・企業のコンプライアンス意識の向上など、要因はいくつか挙げられていますが、シンプルに法務担当者が増加したことで、それまでほぼノーチェックで契約締結に至っていた取引先企業が、法務担当者を通じて契約書の修正依頼等を行って来るようになり、そうした契約書をめぐるやり取りを担当する人間を採用するニーズが増えたことが主要因と見ています。 法務担当者が世の中に増えることで、ビジネスシーン全体として、赤字の修正履歴が入った契約書の流通量が増え、さらにそれに対応する法務担当者が必要になって、各社で法務担当者の採用ニーズが増して来るという玉突き効果が生じているといった具合です。 上記背景もあり、売手市場の対象となっているのは、第一には「契約書の修正・作成ができる法務経験者」ということになりますが、法務経験者を採用できない企業も少なくなく、そうした企業においては、法務経験者の代替として、 ・弁護士 ・パラリーガル経験者 ・法科大学院修了生 などの採用を積極的に考える企業が増えて来ました。その恩恵を受ける形で、ここ数年は法科大学院修了生の就職のハードルもかなり下がって来ている実感があります。 例えば、学歴が良く(大学・法科大学院共に、早慶クラス以上の偏差値)、24~26歳でTOEIC800点前後、明るくハキハキ話せる方であれば、新卒大学生の選ぶ人気企業ランキングに名を連ねるような有名人気大企業の法務部に易々と就職していますし、そうでなくても、28歳前後の法科大学院修了生でそこそこまともにコミュニケーションが取れる方であれば、名こそ知られていないものの、東証一部市場に上場しているような大企業の法務部に就職できる可能性は決して低くない状況です。 このように、ある程度、しっかりとコミュニケーションが取れる20代の法科大学院修了生にとって、企業の法務部門への就職の難易度は決して高いものではないというのが現在の市況になります。 ここまで、一般論として現在の法務転職市場が売手市場化しているというお話をして来ましたが、とは言え、「自分自身が納得する仕事に就けるか?」という不安は依然として残ると思います。法科大学院修了生は、こうした不安にどのように向き合い・乗り越えていくべきなのでしょうか。 実際問題、就職・転職市場においては、人は原則として『自分の市場価値に見合った選択肢』しか手にすることが出来ません。 そのため、ご自身が希望している選択肢が、ご自身の市場価値を超えた選択肢であった場合には、「納得する仕事に就けない」ということになってしまうと思います。 でも、それはとても当たり前の話で、解決するには、 ◆ 自分の市場価値を、自分が希望する選択肢に見合ったものになるまで高める ◆ 自分の市場価値に見合った選択肢の中から、納得の行く選択肢を見つける 以上2つのいずれかの方法しかないと思います。 とてもシンプルな話で、市場価値が高まれば選択肢が広がり、その中に希望に合う選択肢が含まれる確率が高まって行くという構図があります。そして、法科大学院修了生が応募するポテンシャル採用枠(応募者のポテンシャルに着目して選考が行われる採用枠)において、市場価値は、年齢・学歴・資格・英語力・実務経験類似の経験の有無等により算定されます。 そして、年齢も学歴も今さら変えることは出来ませんので、これから市場価値を上げて行こうと考えるのであれば、英語力を高める、就職活動に有効な資格等を取る、実務経験又はそれに類似した経験を積む以外に方法がないことになります。 就職活動に有効な資格は実際問題とても少ないこと、英語力もそれほど劇的には上がりづらいことなどを考えますと、「実務経験」を積むのが、ご自身の市場価値を高める最善・最短の道になるかと思います。 相当数の法科大学院修了生が、就職先がどこになるかにより、自分自身が価値のある人間かどうかが決まるという固定観念に縛られています。つまり、ご自身の承認欲求を満たす手段として、就職先を見ている部分があるということになります。 そのため、「正社員>契約社員>派遣社員」、「法務職>法務以外のバックオフィス業務>営業職>いわゆるブルーカラーの仕事」、「有名大企業>無名大企業>安定感のある中堅企業>上場仕立ての若いベンチャー企業>生まれたてのスタートアップベンチャー>零細企業」、「就活生に人気の業界>就活生に不人気の業界」といった世間一般のイメージを元にした沢山の不等号を抱え、それらでがんじがらめになりながら、ご自身の「納得」のラインを作り、そのラインを超えられるか否かを心配しているという格好です。 しかし、繰り返しになりますが、人は市場価値に見合った選択肢しか手にすることは出来ません。どんなに心配し嘆いても、市場価値が足りていなければ、手が届かない選択肢というものが純然と存在します。 そのため、自分自身の市場価値で選べる選択肢の中から、自分自身が納得できるものを選び取るという考え方も必要になって来ます。 では、どうすれば限られた選択肢の中から、ご自身が納得する就職先を選び取ることが出来るのでしょうか。 そこで、重要になって来るのが「キャリアの軸」になります。これは、将来こんな人生を送りたい、こんなことを成し遂げたい、こんな人間になりたいといったライフビジョンから逆算して考えたときに、どのような方針でキャリアを歩めばいいかというキャリア選択の“軸”を指します。 キャリアの軸があれば、ご自身のキャリアの軸に沿った選択肢であれば、周囲からどんな評価を下されようと、それはご自身にとっては素晴らしい選択肢になって行きますし、周囲からどんなに賞賛される選択肢でも、キャリアの軸に沿っていなければ、選ぶべきでない選択肢になって行きます。 よりライフビジョンを実現しやすい選択肢であれば、雇用形態は「正社員」にこだわらなくてもいいかもしれませんし、「法務職」にこだわる必要もないかもしれません。ご自身の『納得』のラインが、世間からの評価・賞賛とは異なる要素で決まる形になりますので、承認欲求をより満たせる選択肢を模索していたときよりも、自分自身が納得できる選択肢を選び取れる可能性が高まると思います。 苦しい勉強を続けて来た法科大学院修了生にとって、司法試験は双六でいうところの「あがり≒ゴール」の場だったと思います。その考え方の延長で、就職活動においても、『自分はどこにあがれるのか』というゴールを選ぶ視点で企業選びを行っている方が少なくありません。 しかし、就職先は「あがり」の場ではなく、これから歩むキャリアの出発点です。そこを起点に様々なキャリアをデザインして行くことが可能です。 まずは、双六のあがりのマインドを捨て、自分の人生・キャリアに対して自分事で向き合う。その上で、キャリアの軸を固めて、目の前の選択肢の中から、ご自身のキャリアの軸に最も沿った選択肢を選び取る。 こうしたマインドで就職活動ができれば、必ず、大なり小なりご自身が納得するところに就職できると思いますし、その後も良いキャリアを歩んでいけると思います。 就職先選びで悩んだ際の、ご参考にしていただけましたら幸いです。 【筆者プロフィール】 法科大学院修了後、大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。 2014年より、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。前職での採用責任者の経験・長年の法務経験・司法試験受験経験などを生かし、法科大学院修了生の就職エージェント業務、企業の法務部に派遣する法科大学院修了生向けの法務実務研修の開発・実施などを担当している。 「2020年1月現在」の法務の転職市場
それでも、「自分自身が納得する仕事に就けるか」という不安は消えない
➊自分の市場価値を、自分が希望する選択肢に見合ったものになるまで高める
➋自分の市場価値に見合った選択肢の中から、納得の行く選択肢を見つける
双六のあがりのマインドを捨てよう
齊藤 源久