新型コロナウイルス感染拡大の影響で法務の就職市場が徐々に冷え込みを見せる中、未経験の法科大学院修了生に対し、契約社員や紹介予定派遣といった、「正社員」以外の採用枠でのオファーを出す企業が増えています。
一方で、就職活動を行う法科大学院修了生の中では、「正社員にこだわりたい」というご意向の方が圧倒的多数派で、その点で企業ニーズとのギャップが生じています。
はたして、法科大学院修了生は、このまま正社員にこだわって就職活動を進めるべきなのか、それとも、契約社員や紹介予定派遣などの求人選択肢も検討すべきなのか。本記事では、「正社員」であることの実質的な価値を考察して行きます。
正社員以外の採用枠での求人が増えている
コロナ禍に入り、経済の先行きが不透明なものとなる中、ここ数年続いていた法務経験者の売手市場感が薄れつつあります。
その影響からか、企業側の課す応募要件ハードルは徐々に高まっており、それに伴い、未経験者向けの法務求人は減少傾向にあります。そして、未経験者に対する選考ハードルが上がった結果、「経験者であれば正社員採用、未経験者は契約社員や紹介予定派遣での採用」と採用枠を使い分ける企業も増えて来ました。
つまり、法科大学院修了生が応募できる求人自体が減少傾向で、さらに、仮に応募できたとしても、正社員の求人は一層減少しているということになります。
「雇用形態」に対する法科大学院修了生の希望
それでは、法科大学院修了生は「正社員以外」の求人枠での就職について、どのような考えを持っているのでしょうか。
弊社に登録中の法科大学院修了生のデータに照らすと、約7割の法科大学院修了生が、「正社員以外」の求人については応募を行わない意向を示しています。
理由を伺うと、「仮に自分の実力が不十分で評価されなかったとしても、法的に雇用を守られたいから」と、やや気まずそうに話される方が多い印象です。
未経験から社会に出る不安の大きさ、司法試験受験生という不安定な身分からの脱却を図りたい強い想いなどが背景にあると思いますので、そのご希望自体、尊重されてしかるべきものだと思います。
実際、日本では、解雇権濫用法理が目を光らせているため、企業側が、期間の定めのない雇用契約(正社員契約)を締結した労働者を解雇するハードルはかなり高いものとなっています。一方で、契約社員や紹介予定派遣などの場合には、期間の定めのある契約となるため、期間満了のタイミングで契約を終了することは比較的容易です。そのため、「正社員=法律で守られている」という認識自体は正しいと言えます。
正社員は本当に身分保証されているか?
でも、本当の意味で正社員は身分保証されていると言えるのでしょうか。正社員であれば、企業側からの評価に関わらず安定的に働けるのでしょうか。これまでたくさんのビジネスパーソンとお話して来ましたが、
「会社は私を評価していないみたいだけど、正社員だから手を出せないみたいで、快適に仕事できています」
という人には、ついぞお会いしたことがありません。
総務省統計局発表によると、労働力人口6855万人のうち、2019年の転職者人口が372万人。これに、転職先が見つからずに就業していない人口150万人ほどを加えると、毎年、全労働力人口の約8%が、何らかの理由で現職を退職している計算になります。
そして、退職理由として多いのは以下だそうです。
私自身、転職エージェント業務を行う過程で、正社員としてのお勤めの方が不本意な理由で自主退職しているケースを数多く目にします。実際、企業の中には、評価の低い社員(ちなみに、企業側から見た評価が低いだけで、必ずしも本当に実力がないわけではありません)に対し、
・配置転換、転勤等を命じる
・給料を減らす
・残業を増やす、休日出勤を命じる
・指導の名目のもと、頻繁に叱責を加える
といった対応をとるところが少なくありません。
パフォーマンスが上がらない社員のパフォーマンスを上げるための施策を打つこと自体は、企業活動として肯定されるところですが、そこに悪意があるか否かに関わらず、不本意で不慣れな業務を任せられる(法務部門に就職したのに、別の関係のない部門に異動となる)、転勤を強いられる、給料が減る、長時間労働を課される、上司や同僚から嫌味・叱責を飛ばされるなどが重なると、肉体的・精神的に追い込まれていき、結果的に自主退職という道を選ばざるをえなくなります。
つまり、多くの企業は、評価の低い正社員を解雇こそしないものの、そのまま放置するようなことはせず、パフォーマンスを上げるために様々なプレッシャーを掛けて来るということです。
その意味では、配置転換や業務量増、転勤、給与削減、人が見ている中での叱責、冷遇等、企業側からつらい対応をされてもなお、会社に残り続ける覚悟のある方だけが、「正社員としての身分保証」のメリットを享受できるということになります。
逆に、そういった酷い状況であれば会社を辞めますという人にとっては、正社員としての身分保証のメリットは、事実上ないことになりますので、正社員にこだわる理由もないと言えます。
尊厳をもって働けることが何よりも重要
もし、正社員であることの価値が本当に高いものであれば、「やはり、正社員にこだわった方がいい」という助言を喜んで行うのですが、多くの法科大学院修了生がイメージしている“正社員の価値”と“現実の価値”との間には、どうしても大きなギャップがあるように感じています。
突き詰めると、「冷遇されたストレスフルな環境下で働き続けること」に対する、考え方のギャップと言えるかもしれません。「多少大変でも、身分が保証されてお金が貰えればいいじゃないか」と考えて頑張り続けられる方であれば、正社員にこだわるメリットは十分に大きいと思いますが、現実問題、そういった立場に追いやられてなお働き続けられる人は多くはありません。
それだけ、働く上で、納得の行く評価・適切な就業環境・人間関係・業務のやりがいといった「尊厳」は重要ということだと思います。
言い換えると、多くの人にとって、「尊厳をもって働くことは、法的に身分が保証されることよりも、価値が重い」ということです。
そのため、個人的には、正社員は実際の運用上は、本当の意味での身分保証には繋がっていないと考えています。
上述のように、正社員で就職しても、期せずして転職市場に出なければならなくなる可能性は十分にあります。
その意味では、真の身分保証とは市場価値が高いことだと言えます。
万が一、入社した企業で冷遇されたり、人間関係が合わなかったりした場合でも、転職市場に出たときに「採用したい」と手を上げる企業が多数いる状態を作ることができれば、ある程度安心して働き続けられるからです。
実際、市場価値が高い人材ほど、自分がどういう雇用形態で雇われているかに、無頓着な人が多い印象を受けます。
折しも、2020年4月から、正社員と正社員以外の労働者との不合理な待遇格差を解消すべく、同一労働同一賃金制度がスタートしたところです。正社員以外の労働者の待遇を上げる分、削られるのは正社員の給与等にならざるを得ません。法制度上も、正社員としての旨味は削られつつあります。
また、採用される雇用形態が何であれ、就職先が決まらない“無就業”の状態よりも、経済的観点・経歴的観点(市場価値を上げるという観点)で悪い状態になることはありません。
正社員でないということだけで見切るには、もったいないような魅力的な求人も多数あります。
雇用形態を検討される際は、こうしたことも念頭に入れながら、「市場価値の高い人材」を目指す上で、今の自分にとって、どの選択肢が最適なのかを吟味して、進路を選ぶとよいのではないでしょうか。
【筆者プロフィール】
齊藤 源久
法科大学院修了後、大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。
2014年より、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。前職での採用責任者の経験・長年の法務経験・司法試験受験経験などを生かし、法科大学院修了生の就職エージェント業務、企業の法務部に派遣する法科大学院修了生向けの法務実務研修の開発・実施などを担当している。
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